当たり前のようで、
難しい。話を聴くこと。
仕事とは違う聴き方
となると、
さらに難しい。
仕事で用いるカウンセリングには、
商品というゴールがある。
なので、
どこかで押し込むクセがある。
しかし、
通常の人としての対話の中には、
ゴールが無い。
あるとすれば、
一緒に見つけるゴールだ。
なんにしても、
人は解を求めがちで、
解を得られない事に
えらく一憂してしまうのだが、
まずはそこから離れたほうが良い。
自然の摂理に解はあるだろうか?
人の構造に解はあるだろうか?
人生の生き方、宇宙の摂理、
すべて解はあるか?
ほとんどのものが、
ない。
ないにも関わらず、
子どもにしろ、
相方にしろ、
自分自身にしろ、
そもそも解のない、
人との関わりというものに、
解を求めようとする。
これが、
苦しみを生んでしまう。
言い過ぎれば敵を生む。
話を聴く。
どこかで、
解のない話をすれば、
この悩みは解けていく。
ああそうかと、
自分で感じる時が来る。
人間は、
ちゃんと自分の中に解を持って生きてくる。
それを拓くのが、
話を聴く
という行為。
解を聞くのではなく、
話を聴く。
わたし自身、
大した能力はありませんが、
話を聴くことで、
顔色がどんどん良くなり、
楽になるお客さんを
たくさん見てきました。
まずは自分が、
誰かにしっかり話を聴いてみてもらってください。
なるほど、
こういう事かと、
心が感じます。
お母さん、
子ども達、
少しでも楽な世の中になれば良いなと
思います。
地平線、雲の画像のようです