私の生家は、広島にある。

つい先日、帰省してきた。とは言え、楽しい帰省ではない。むしろ憂鬱しかない。

いま、生家は空き家の状態だ。

そこまでは、割とある話しだと思う。ただ、ウチの場合は事情がある。

父親は既に他界しているが、母と妹は存命している。では、どこにいるかと言うと、

どちらも精神病院にいる。

妹はもう長らく、統合失調症、という精神病にかかっている。幻聴、幻覚が見えて殺しにくる。

本人も辛かろうが、何とも大変なのは、その状況、辛さを辺り構わず、周りに言い回る。

その直撃を受け続けた母も、うつ病になり、今は精神病院にいる。

私としては、精神病院に入って、良かったね。と思う。普通なら、そう思うはずは無いのだが、妹から解放されて、ようやく落ち着ける場所に行けたのだ。良かったとしてか思えない。

相変わらず妹からは、オニの様な電話がかかり、謎の留守電を残しまくってくる。

コレもまた普通の人なら、可哀想とか、いい加減にしろ!とか様々な感情を持つのだろうが、不思議なもので、丁度よい塩梅でスルーしたり対応したりを覚えた。

ちなみに生家は、母が入院した後、半年ほど妹だけで暮らしていたそうだが、帰ってみると、テレビで放映される様なゴミ屋敷へと化していた。

正に足の踏み場もないとは、この事だ、と思いながら、一日中かけてゴミを捨てて、ようやく足の踏み場が出来た程度。自らの寝床を作り上げた。

その間に、病院に面会に行くのだが、母と妹、1人ずつ会いながら、随分と思う事がある。

どうして、こうなってしまったのだろうか?

もちろん、幸せな定義は人それぞれだ。この形が不幸であるとは言い切れない。しかしながら、わたし個人。一家族としては、何ともやり切れない状況なのである。

この思いには、私がいま関わっている不登校の支援に関しても大いに関する部分である。

私も、不登校。妹も不登校。妹に関しては、小1から学校に行っていない。しかしながら、そうなってしまった要因が、家族にある事も、

隣で見ながら、よくよく分かっていた。なるべくして、そうなったのだなと思う。

自分の生まれ育った生家の状態と、母親の放心した状態を見ながら、やるせない気持ちでいっぱいではあるが、

こうならない様に。出来るだけ幸せの道の方に進める様に、今関わっている、不登校のご家庭に、私が経験してきたもの、見てきた物を、伝えていきたいと思う。

どうやって伝えれば、伝わるのか。随分と試行錯誤してきたが、この、自分の過去の経験をまずは伝える事で、何か伝わればよいなと思い、筆を取ることにした。

出来るだけ、当時の感情を思い出しながら、幼少から続けて書いていきたいと思う。