幼少期に付いた傷が、成長するにつれてどうなっていくのか。

大人にとっては些細なことかもしれないが、子供にとっては、感性が強いため後々に残るほどの衝撃となる。

西岡少年の成長?を見ながら、何か感じて頂けると幸いだ。

 

お迎えに来ない事件から1年ほど経ったころだろうか。

小学3年生の時だと思う。母親が腰を痛めて、一時寝たきりになった時期があった。

そのため、祖母が家に手伝いに来てくれていたころの話である。

 

その日は授業参観の日で、祖母が参観に来てくれていた。(もちろん普段は仕事で誰も来ない。)

帰りは、祖母と待ち合わせて帰るように言われていた。

西岡少年は言われた通り、校庭の入り口で待っていた。しかし、いつまで経っても祖母が来ない。そのうち夕方近くにまでなった。

 

さすがに待っても来ないので、これは帰ろうと思い、帰っていく。

そして、家に着いたときに、大きな心の傷がつくこととなる。

 

家に着いたとたんに、母親から怒鳴り散らされたのだ。

なぜ、言われた場所で待っていないのか?と。

西岡少年は玄関に立ったまま、ずっと泣いていた。

 

泣いた理由は2つある。

一つは、ちゃんと約束を守っていたことである。西岡少年の小学校は、校庭の入り口が”2つ”あるのだ。祖母はもう一つの方で待っていたのである。行き違いだ。

しかし、約束を守っていたにもかかわらず、それを聴くことなく、いきなり怒鳴られたのにショックを受けた。そしてもう一つ。

 

小3の男の子が、保護者に合えなくて、暗くなるまで待ち続けているのだ。不安や寂しさでいっぱいなのは当然である。

あきらめて帰る道の途中。お好み焼き屋さんのおばちゃん(西岡少年の実家は広島のため近所にこういうお店が多々あった)に、

大丈夫?と声をかけられ、非常に嬉しかったのを覚えている。そのくらい、ドキドキしながら帰っていたのである。

 

そこに開口一番、怒号を浴びせる訳である。今考えても腹立たしいし、宜しくない対応だ。

弁明の為に付け加えておくが、母親は決して愛情のない人ではない。怒ったあとは、抱きしめてくれたりなど、

どちらかと言うと愛情は深い人だったと思う。しかし、とにかくやり方が下手くそであった。

 

西岡少年の心は、帰りつけて、祖母も家にいたという安堵。ため込んでいた不安。

ミスを叱責された恐怖、そして余りも理不尽に対する怒り。様々な感情がぐちゃぐちゃになり、とにかく泣いた。

今でも鮮明に覚えているが、この時、『絶対にゆるさない』という感情が芽生えたのを覚えている。しかし、それは決して口に出すことは無かった。

 

まとめてみると、要は『よく聴け』ということだ。とにかく話を聴かない人たちだった。だからすれ違う。

いかに自分が愛情を持っていても。頑張っていても。相手が求めているものと合わなければ、ただのエゴなのだ。

この日から西岡少年は思う。この人たちを信用するのはやめよう。そしていつか覚えておけよ。

 

後々に不登校になる、小3の子の心が。

鋭くとがり始めた、はじまりであった。