不登校の問題にあたっていると、よく夫婦仲についての問題や相談がある。

今日はこれについて話していきたい。

 

話していきたいと言っても、いきなりではあるが言えることは一つしかない。

『相手に期待しないこと』。以上である。

 

理由は簡単だ。人間の脳の作りがそうなっているからである。

夫婦においておおよそ仲が悪くなるのは、相手に腹が立つからだ。なぜ腹が立つかの理由は様々だと思うが、

いくつか大きな理由を述べていこうと思う。

 

まずは簡単に、人間の心理面や歴史から、夫婦間の問題に触れる。

古来より、仲良し夫婦はそんなにいない。もはやこの言葉だけで救われるくらいだ。お釈迦様もキリストさんも、こう述べている。

「身内が一番手ごわい。」まさに金言である。

 

なぜ身内が手ごわくなるのかと言うと、そもそも人間の心理として”自分の最も嫌な部分を、相手が表出する”という点にある。

どういう事かと言うと、相手の腹が立つ部分は、要は、自分の悪い所だったり、やりたい事なのだ。

つまり、”自分の中にある、過去に付いた自分自身をゆるせない部分。それを相手が行うとゆるせなくなる。”心理学でいうと、『投影』という。もっと掘り下げれば『因果』ともいうがそこは今回はナシとする。

 

別段、相手方のみの話ではない。親だったり、職場の同僚だったり、学校の先生だったり。ちなみに子どもですら、やってくる。

自分が”ゆるせない”ことをしてくるのだ。ちなみに、気にならない部分は、見事にスルーしている。

つまり、要は自分勝手で起きているのである。それを誰かに相談したとて、解決はしない。それはそうである。自分の問題を他人になすって、どうにかなるものではない。

 

さて、この理論はきっと正しいのだが、相談などで言っても、なぜか人気が無い。ヘタすると、聞いていない人もいる。都合の悪いことは、人間、耳に入らないのだなとよくよく思う。

しかしながら、中にはしっかりと自分を見つめ直し、自覚できた人もいる。そういう人は一目で状態が分かる。素直で覚悟がある(この点も重要なので後日語ろうと思う)。

この状態になると解決に向かう。とは言っても完全なる解決に至らないので、次の原因も述べたい思う。

 

それは、社会構造の問題である。

 

『女性が育児をし、男性は働くものだ。』

 

この思想感と現実が、現代の子育てにはマッチしていない。

”流れ”というものにマッチしていないことをすると、上手くいかないものなのだ。

 

不登校のご家庭のお母さんに話を聴くと、

おおよそ、出産からのワンオペに対して、尋常ではない恨みを持っている。もし男性諸君の読者がいたら、

ぜひ肝に銘じておいてほしい。人の怨みは延々と続くものだ。

 

もちろん男性にも言い分はあるだろう。また、昔はそうではなかったというのも有ろう。私も主夫と経営者、両面を持って生きているので、

別段、女性側の全面的な味方をするつもりもない。ただ、結果として、ゆくゆく子供に悪影響が出る可能性は高くなる。

 

この最初のねじれがあるが故に、その後のやり取りも上手くいかなくなる。何を言ってもやっても、上手くいかない。

それはそうなのである。根っこに悪意があるので、そうなってしまう。

しかしながら、男性にも事情は大いにある。仕事をしないと生計が成り立たない。このジレンマがいずれ子どもに影響を与えることとなる。

 

私も主夫に途中から回ったが、収入は大きく減った。当時は半分以下まで下がり、よくやりくりしたものだと今でも思う。

なぜ主婦(夫)が収入が下がるかというと、子供といる時間の方が優先順位と緊急性が高いからだ。

幼稚園のお迎え。学童のお迎え。病欠。ご飯。炊事洗濯。話を聴く。自分で書いていて、恐ろしい記憶がよみがえる。これには、かなりの時間と気力を取られる。

 

主婦(夫)サイドの感覚としては、やはりしっかり自分も働きたい、自分らしいことをしたいのが大半ではなかろうか。

実際に、両親どちらも働かれているケースも聴くが、子供への時間を減らすと間違いなく、子どもによろしくない結果が出る。植物でもそうなのだから、当たり前の話だ。

 

また、女性の職業評価が低いのも社会構造の問題でもある。

端的に、男性よりも賃金が低いのだ。同じ能力、同じ時間だとしても、かなり低く見積もられる。

このような社会構造の要因によって、以下のようなことが起こり、夫婦間に軋轢が生じるようになる。

 

何が起こるかと言うと、主婦(夫)サイドは、ほぼ確実に、弱い立場を演じないといけなくなる。

非常に重要な部分なのでもう一度言っておく。自然と”弱い立場を演じないといけなくなる”。自分も相手方もこの関係性の変化に気づけない。

 

こうなってしまうと、どこかで、弱い方は我慢をするのだ。旦那(相手方)にせよ、世の中にせよ、学校の先生にせよ、おおよその存在に対して、

自分の立場を、自然と下げてしまうのだ。

 

すると、どうなるだろうか。自己肯定感が下がるのだ。

子育てにおいて、非常に重要な母方の役割で、”自己肯定感の低下”はもろに子どもに直結する。

つまりは、母が低いと、子も低くなってしまう。そこに父親も気づいていないものだから余計に腹が立つのだ。

 

言い方を、包まず言うならば「くそムカつくな」というのをじっと我慢し続けているのである。

しかし、これを夫婦双方で理解し合って解決しよう、というのは不可能である。上述したように社会構造そのもの問題だからだ。社会が解決すべきである。

しかし、怒りや不満の感情は、常に、相手に向かってしまう。こうして夫婦間の問題が大きくなってしまうのだ。

 

ちなみに稼ぐ側にも、それはそれで事情がある。

若いうちから仕事を固めておかないと、将来、困る、という固定観念が誰しもある。

特に男性であれば、強く根付かされている。故に、いま、頑張っておかなければ、と仕事にまい進するのである。

 

結果、それが家庭から離れていく原因になる。だんだんそれは拡大していき、

子どもに問題が起き始める、小学生中学生の時分になった時に、家庭に戻れないのだ。

話も情報も分からない。非常に身もふたもない言い方をすると、完全な役立たずの状態、いわば素人である。

 

その素人が偉そうにするものだから腹も立つし、

偉そうにしなければならない、というのも稼ぐ側の悩ましい所だ。分からないのに決断を迫られているのだ。蓋を開けると。

故に、とにかく孤立しやすい。なんかこうやって見ると、可哀そうである。ただ目の前にすると腹立たしさ残らない。

 

昔は、祖父母が近くに居たり、社会的なつながりがあって、これらも分散・仲介されていたのだろうが、

昔の話をしても仕様がない。今の状況で、何とかしなければならないのである。

しかしながらである。そもそも、先述した、『若いうちから仕事を固めておかないと、将来、困るという固定観念。』これは本当であろうか?

 

これは完全なる個人的な妄想である。

わたしは、ゆくゆく子ども達が大きくなったら一緒に住むか、近くに住むようにしたい。子ども達にもそれは、現時点で言っている。

子離れできない、というような事ではない。もちろん精神的な面で一緒に居たいと思う所はある、が、一番の理由は財政的な面だ。

 

今後の日本において、経済面で豊かになるとは到底思えない。

まず、人口の問題。そして世界の伸び方。あとはモノに対する価値の現象とモチベーションの低下である。

これらにより、財政面において、縮小していくのだろうなと予測している。

 

そうなった際に、マイホームの購入はあまり良い投資とは思えない。

人間の人生の本質は、幸福の最大化かつ最適化、であると私は思っている。お金が幸福に寄与しやすいのであれば、大いにそうするべきだし、

今までの世の中はそれで幸福を得ていた、が、今後はそうかな?と思う。

 

仮に家を共有したとするならば、場所にもよるが3000~4000万円は浮くわけだ。生活費もいくらか浮くであろう。

面倒を見てくれる時間や余裕、いろんなものが節約され、満ちてくる。そこでだ。将来、地位や立場、稼ぎを大きくする必要はあるだろうか?心配だろうか?

もちろん、多少の金銭的な積み立て投資はしているが、私は、子ども達との関係性や絆を良くしておくこと。自分の健康状態を高めておくこと。これにしか投資価値はおいていない。

 

今あせるのは大いに分かるし、私自身、経営から離れてい家庭に入った時は、不安と焦燥感、悔しさなどでいっぱいであった。しかし、子供と触れる幸せな時間は、

それまでの何事にも代えがたい、非常に貴重な経験であった。男性諸君には、ぜひこの時間を味わってもらいと思うと同時に、

少し冷静に、大きな目線で人生を考えてみて欲しい。仕事は、人生を楽しむためのツールで、仕事が本体では無いのだ。

 

もう少し言うと、仕事は意外と家庭からは評価されない。評価されるのは、仕事から得た収入や環境などによる”安心”なのだ。

つまりは、”安心”が評価の根底であることを、本質的に理解しておいてほしい。お父さんであれば、”安心な”お父さんが評価されるのである。

強さや意志を伝えたいのであれば、安心の上にそれを乗せていけばよい。ぜひ、順番と認識を間違えないようにしてほしい。

 

さて、長くなったが、この社会構造からの問題を包括的に解決できるとするなら、

できるだけ、相手方以外との接点を持つことである。あらかじめ言っておくが浮気とかではない。自分と同じような属性のコミュニティを持つこと。

そこで、自分らしい活動をすること。そうすると、少しは負の感情は減ってくる。

 

もう一つ言えるなら、この文面から相手の状況をなんとなくで良いので想像してみて欲しい。

〇主婦(夫)側は、弱い立場を演じざるを得なくなる。

〇稼ぐ側は、社会に根付いた未来を追いかけ、必死にプライドと維持で働くのだが、家庭に帰れなくなって孤立としてしまう。

 

そして最後に、

あえて一番初めの言葉に戻りたいと思う。やはりこれが究極だ。

『相手に期待しないこと』以上である。