さて、いずれ不登校になる小学生の西岡少年。あることで変化を感じたのだが、それは何だろうか?
まず一つは、食べ物を変えたことだ。
当時の西岡少年は155cm、60kg。かなりぶーちゃんである。実家がラーメン屋なのもあり、余り物のラーメンや揚げ物をよく食べていたらこうなってしまった。
しかしさすが、お年頃である。このままでは何かマズい気がした。また、ロックバンドのB.zにはまり、かっこよさ、というものにも、あこがれを感じ始めてもいた。
そこで、まずは母親に痩せたい、と伝えたところ、やたら野菜が増え始めた。
まあ言ったものは仕方が無いので、ほぼ、出されるがままに食べていった。反抗期なのもあり、言ったからにはやるのだ。慣れれば、別段、マズくもない。おおよそ一年くらい続いた。
するとどうでしょう。成長期の恐ろしさである。背が170cmまで一気に増え、なんと体重はそのまま60kg。見事なまでにスリムである。
ちなみにウチの一族に、太ったお方は一人もいない。私だけぶーちゃんであった。今思うと、あれは完全にストレスである。
向かう先の無いストレスが、食に走るのは、よくあるケースだ。この点、耳を塞ぎたくなる方は多いのではなかろうか。
不思議なもので、体型や見た目が変わると、少し自信がつくものである。そこから走ったり筋トレしたりも増えていった。
思い出す限り、人生で自分から変わろうとし、結果が出せたのは、これが初めてではなかろうかと思う。
非常に小さなことかもしれないが、自信とはこういうものの積み重ねで伸びていく。この点では、今でこそ思えるが、料理を変えてくれた母親にも、たいへん感謝したい。
さて、次に変化を起こしたものだが、これは少し変な話である。
スリムになった小6の時、体育の授業があった。跳び箱の授業である。小6ともなると中々な高さで、たしか6段で80cm、その先も含め約1mの高さを飛ぶ。大人だと致死レベルかもしれない。
運動が得意な子は良いが、そうでない子にはかなりの怖さを感じる。残念ながら西岡少年は『そうでない子』であった。
しかし、この日の彼は違ったのである。スリムになった自信もあったからか、
最初のチャレンジで失敗した時に、ふっと感じたものがある。
「飛べる」と思った。今までに感じたことのない感覚であった。それを、自分の前を飛んでいた女の子に言ったのだが、
「何言ってんの?さっき失敗してたじゃん」と笑われた。しかし、自分の中では、もう完全に飛べているのである。
そして再度チャレンジの機会。飛んだのである。いとも簡単に飛べた。この時に直感的に感じたものがある。
人間は、出来ると思うと、出来る。出来ないと思うと、出来ない。
まずは行動の前のイメージで変わるのだと思った。
この発見は大きかった。ちなみに先ほどの女の子はびっくりして、すごい、という目で見ていた。ちょっと気になっていた女の子なのでそれはもう、西岡君はたいそう喜んだのであった。
それからである。ことある毎に別人のような変化を遂げた。思うが先、のコツ得たりである。
小学生の花形はドッヂボールとかけっこである。昭和60年代、当時はそうであった。
これらの競技は、じゃんけんでメンバーを決める。もちろん強い人順に取られていく。西岡少年は最下位層である。
少し余談であるが、子供たちの中には、この、謎のヒエラルキーが発生する。それもかなり強く。
いじめの問題もおそらくこのヒエラルキーが作用している。この頂点に立ち統治するために、
何かしらの強さが無いと、下位層に位置付けられてしまう。恐ろしいシステムだ。
しかし、そのヒエラルキーをひっくり返すほどの躍進を遂げていった。ドッヂボールに関しては、取れると思うと取れるのである。
かけっこに関してもそう。いや精神論だけでは無かったかもしれない。何しろ、体もスリムに変わっているのである。
そして、驚いたのは当人だけではない。周りは衝撃である。今まで何の活躍もしない”最下位層”が、無双し始めたのだ。
しかし、である。この自分の変化には大変に驚いたが、周りの評価の変化にはさほど喜びは感じなかった。
と言うか、そもそもあまり、周りの人たちとは自分は、何か違うな、とずっと感じていた。
どう違うかは説明できないのだが、皆が楽しそうにしているとき、何かずれている自分に気づく。
そんな変わった子であったので、周りと仲良くすることよりも、さらに、どんどん自分の中に潜るようになってきた。その方が楽しいのだ。
そして、そもそもの幼少から抱えた怒りや憎しみが消えたわけでは無い。心の中はそんなものでは、解消されないのだ。
これらの経験で身につけた自信は、その怒りに火をつける材料となっていったのである。
そして、ついに中学1年生になり、だんだんと、その怒りと共に、人間らしい行動に出ていく事となる

最近のコメント