男の子であれば少し早いかもしれないが、西岡少年に小学5年生にして反抗期というものがやってきた。

やはり、積年の恨み(?)、というものの影響であろうか。親に対しての反発が生まれ始めた。

 

いや、親だけではない。大人や社会というものに何とも言えない矛盾というものを感じ始めた。

自分たちは出来ていないのに、子供には偉そうに命令をする親。

まるで成長や心を感じない先生。仕事、モノ、豊かさ、自分たちの事しか考えず、そっぽ向いている大人。とにかく色んな存在に怒りの感情が生まれ始めた頃だった。

 

こういう大人たちになるのが嫌で仕方がなかった。現代においても、子ども達に希望と未来を語るような場面、記載を目にする。それも良いとも思う。

しかし、子供たちが見ている一番身近な未来は、すぐそこにいる大人である。これが未来なんだろうなと、そこからイメージが生まれている。というか生まれざるを得ない。

世の中は、俺の未来は、こんなものかと、ずいぶんと歪(いびつ)に、落胆して当時の世界が見えていたのを覚えている。

 

何とか、この未来から抗いたかったのだが、当時の西岡少年は劣等感のかたまりである。とても正面から楯突く勇気はない。

そして、それをひっくり返すような理論も実経験も持ち合わせていない。そもそも、大人がいやだと言いながら、一番嫌いなのは自分自身なのである。

心理的安全性の無い子どもは、底が無いため、とにかく何かが溜まりづらい。不思議とストレスだけは積み上がるのだが。

 

そうなると、怒りの方向が定まらなくなる。

チック状態になったり、急に押し黙ったり、いじめに加担したり、いじめ返されたり、とにかく不安定な生活状況に陥っていった。

時を同じくして、アトピーと肥満も加わっていった。今思うと、心と体は、見事に連動しているものである。

 

ちなみに、この時の悩みや解決方法を、ちゃんと向き合って聴いたり相談していくれた人はいない。

いちおうは聴いてくれたのかもしれないが、状態の悪い子は、態度も悪くなる。

かつての芸能人のように、『別に』といった姿勢を取るものだから、先生も、親も、なんじゃこいつと思うしかない。

 

このようにして、子供の心理と、大人からの見え方は、どんどん隔離していく。なまじ心理学など学んだところで、子ども達の心理は分からない。なぜなら、子ども達もまた迷って悩んでいるからだ。

もし良い解答があるとしたら、一緒に悩むなり、一緒に時を過ごすなり、共に共有することだ。これが、形の無いものだから中々理解が難しい。

いやそれよりも、何をすれば良いですか?という方が多いのだが、そういう事では無いのだ。

 

実際に、親に「そういう事ではない」と言ったことがある。「じゃあ、どう言う事よ!」と言われたが、もうこれが、話にならんのである。

誰にも理解されない、言えない、というのが、さらに不安定さを加速させていった。学校が嫌だなと思い始めたのもこの頃だ。

 

ちなみに余談かどうかではあるが、相談の経験上、不登校になりやすい時期がある。

小学2年生、5年生、中学1年生中期である。何か、子供の中で変わっていく時期なのであろう。

ぜひ注意深く、見守ってあげて欲しい。

 

さて、このように、マズイ状況が続いていくのだが、自分でも何とかしないと、というのは子供なりに思っているものである。

西岡少年も、何かこの状況をかえたいなと思っていた。

 

この時、2つほど大きく思い出に残る出来事がある。いや、そんなに大したことではない。ただ、この時の、子供の心にとってはとても大きなことであった。

 

これに関しては、

また次回にお話ししていきたいと思う。